「アシタバ、帰ろうぜ」
「あっ…うん!」

並んで歩き始めたその手を取って握りしめたい衝動に駆られるが さすがにそれは と自らに制止をかけるように手を制服のポケットといういつもの定位置にしまい込む
とりあえず気持ちを伝えようと それを言うタイミングを計りながら歩くものの
自分が保健室に行っていた時の出来事を報告するように話しているアシタバを前に なかなか切り出すことができない

絶妙だと思っていた距離が微妙に変わった今 また今度などと言う猶予はないような気がして
藤は無意識のうちに足を止める

「藤くん…? どうしたの?」

それに異変を感じたアシタバも足を止め 様子を伺うように藤を見つめる
藤もまっすぐアシタバを見つめ返すが 伝えたい言葉が出てこない
と言うより どの言葉で伝えたらいいのか判断をつけかねていた

ふたりの間に生まれた静寂を 穏やかに流れる川の音が緩和し 吹き抜ける風もまたそこに音を添えた
お互いに目線を逸らすという考えはまったく浮かばず 止まっているかのような時間が流れる

 今…伝えねーと…

想いを告白するというのは相当な勇気がいるもので 普段は物怖じすることなく思ったことをずけずけと口にできる藤でもさすがに緊張していた
このまま伝えるのは無理だと無意識に判断し 藤はアシタバの視線から逃れる
絶えず音を紡ぎ続けている川の方へ向けた顔は恥ずかしさから少し赤らんでいた
そこからまた一呼吸 二つ目はないと自分を奮い立たせようやく口を開く

「アシタバ、俺、お前が好き」



「………え……?」

返ってきた声から驚いているということだけは汲み取れたが それ以外も知りたくて 自分の想いが本気なのだということも知って欲しくて もう一度 丸くて大きな瞳を見つめ直す

「お前のことが、好きなんだよ」

より強く想いを込めて放った言葉は アシタバの心に確りと届く
元よりもさらに丸くなった瞳の奥の方は揺れている

 嘘…藤くんが 僕を…?

アシタバにとって予想外すぎた告白は 思考回路を混線させた
返事に当てる言葉 それでなくても次に発するべき音を見つけられない
藤もこれ以上どんな言葉をかければいいのか 探すことさえできない
そうしてまた 今度は嫌な重みのある静寂がふたりの間に生まれる

しかし それは長くは続かなかった
ぐちゃぐちゃに絡まり続けた思考はとうとう停止し この場から逃げたいという意志だけが明確に浮き上がりアシタバはそれに従うために走り出す

「っ…おい!」

アシタバのその行動に痛みを覚え 不安に支配されはじめた藤はすぐに追いかける
運動神経ならば藤の方がはるかに高いため特に苦労はなくあっさり追いつく
その真意を聞きたくて アシタバの腕を掴み引き止める

「なんで逃げんだよ、アシタ…バ…」

思考を捨て走り出した途端 藤の告白の言葉だけが脳内を支配し始め それによりアシタバの顔は赤く染められていた
それを見た瞬間 痛みを与えない程度に加減はしつつも全力を込めて掴んでいた手の力は抜け 今度は藤の思考が止まる
その手を簡単に解きアシタバは再び走り出す

追いかけたいはずなのに 思考と同様に足も動かすことができなくて
追いかけることはできずに遠ざかってゆく背中をただ眺めていた





家には向かわず 目的地も定めずに アシタバは絡まり続ける思考回路から逃れようとそれなりに知っている道を走り続けた

しかし元々体力がある方ではないため あまり遠くまで行くことなく息が切れ
何一つとして変えられないまま立ち止まる
激しい動悸に意識を委ねてしまいたかったが 肺は呼吸を求めそれを許さなかった

今の自分を襲っている異常をすべて取り払おうと深呼吸を繰り返せば
脈と呼吸はわりとすぐに正常に戻ったが
思考だけは変わらず複雑に絡んだままだった

「あれっ、兄さんじゃないっスか!」

周りに人がいないことからも その声がアシタバに向けられていることは明白だった
しかし名前を呼ばれたわけではないため少し反応をためらったが 自分のことをそう呼ぶ人物に唯一の心当たりがあったから声がした方へと目を向ける

「あ…妹尾く…」

予想した者を視界に捉え その名を口にしようとしたが
声を出した途端 詰まっていたものが外れたかのように涙が溢れ出し
言い切ることはできなかった



好きな人の涙に妹尾は戸惑い たった今さっきまでの笑顔は消えその表情は辛そうなものへと変わっていた

「兄さん…?どうし…」
「あれ…僕、泣いてる?なんで…」

その涙は無意識で だからこそ止める術など見つけられない
とめどなく涙を流し続けるアシタバを見ていることに耐えきれなくなった妹尾は
こんなことをするのはどうかとも思ったが 他にできることも思い付かなくて
あやすように優しくアシタバを抱きしめた

「泣かないで下さいよ…」












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